2019年

2月

20日

早春の一日__6

◉feb.5___feb.15

───────────────────────────────────────フェルメールにはなにもときめかないが、ハンマースホイの空間性は、異界と隣

接した蠱惑的な幻視である。

 

うっかり忘れていた公募情報の打ち込みが一気に捗った。あと気が重い映像編集

にいかに集中するかだな。feb.15

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◎2月の振付___サイレンスダンスってこんなダンスです。ちなみに、音がな

いからサイレンスではありません。feb.14

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トミタさんのアトリエでの住まいの講座を初受講。愛犬のシバわんこがお出迎え

して座へ案内してくれる。アットホームな人数でまことに良い感じ。

feb.13

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うちあわせから脱線して映画談義になったのだが、どうやら私は、アンリ・ヴェ

ルヌイユを見くびっていたようだ。そして、J.P.メルヴィルをヌーヴェル・ヴァ

ーグの先駆的存在と認知している人がいたとは。feb.11

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野口整体の勉強会では、昨今の健康ブームに真っ向から対する指導が行われる。

観念偏重になった現代では、からだの声に耳を傾けようとはしていない。健康情

報に流されるほどにからだからは遠ざかってしまう。

 

4時間半にわたるビジネス・ミーティング。これだけの長尺はひさしぶり。

feb.10

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萬平さん、真一さん、忠彦さんが集まると、ひそかに結束する同士的友愛さ

が滲みでるように感じるのは、私の勝手な妄想だろうか。feb.8

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今年初のシニアハウスでのダンス指導。デュアルタスクで振付と発声の二重課題

としたが、成果はもうひとつだったな~次回は改善しなくては。

 

生まれて初めて入会した学会イベントが、今年は名古屋開催に。プログラム案を

早急につくることになった。feb.5

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2019年

2月

14日

仕事について

仕事は、概ね年長者から年少者に流れる。ということは、年を取るほどに依頼が

減ると云うことである。いつくるともわからぬ依頼を待っていてもしようがない

ので、逆に人に仕事をだすことにした。といっても大した仕事はだせないが、考

え方を一変させると、ポツポツと仕事の依頼があるからふしぎなものである。

依頼を待つと云うことは、光を当ててもらうのを待つと云うことになる。光を当

ててもらいたがっている人は多い。だが、人に光を当てる人は少ない。概ね他人

より自分が可愛いのである。自分が主役にはならないが、人が輝いてもらうこと

で、自分もその反射光を浴びたりはする。自分が、必ず主役でなくてはならぬと

考えると窮屈になる。人が喜ぶことで自分も至福感を得る。こういった考えに及

ぶようになったのは、50才を過ぎてからだろうか。もうすこし、早く達観して

おれば、楽になったのではと思うが、そこは哀しいかな、若輩の浅はかなところ

なのである。

 

また若いうちは、自分に来た仕事を人に流したりしていた。欲がないと云うと聞

こえは良いが、いまからおもうに、依頼主に対して失礼な行為だとおもう。若さ

故に、人の気持ちを汲み取れなかったのである。


アートの世界では、自分にしか興味がない人が多い。個人で成り立つからなのだ

ろうが、人に興味のない人の作品に、こちらも興味が持てないのはあたりまえで

ある。自分のまわりにいる人との関係を結びながら、まわりも自分もともに輝い

ていければ、良いのにと思う次第である。

 

 

 

 

 

2019年

2月

07日

早春の一日__5

 

◉jan.28___feb.4
───────────────────────────────────────<クウネルうごく管理表>のおかげで仕事が捗っているが、すべきことが明確に

なり、新たな課題を見つけることになる。やることがふえて結構忙しいのだ。

feb.4

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サイレンスダンス、デビュー年から交流のある家具屋さんに生活時間をテーマに

した家具+身体の作品づくりをご提案。快諾していただきホッとする。スタイリ

ッシュな家具に身が引き締まる。feb.2


三廻りも年下の音楽家が、車中ではっぴいえんどを聴いていたのをおもいだし、

<風街ろまん>をかけながらデスクワークを続ける。feb.1

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<クウネルうごく>管理表をつけだしてから仕事が捗っている。平社員の私を管

理職である私がしっかりと統率している。だが、やさぐれた先輩の私が、上司の

目を盗んでお茶でも行くかと誘ってきたりするとホイホイついて行ってしまうの

である。jan.31

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ふりかえれば開館当時、独逸表現主義映画に日参していた。ヘルツォークやロメ

ール、ソクーロフを知り、小津、成瀬、増村、中平の作品も殆どシネマテークで

見ている。映画からの栄養の多くは、シネマテークから得ていた。そして、平野

氏が私より年少だと云うことを知るのは、最近になってからである。


4ヶ月に渡る実務家講師講習を終える。なんと修了証が英字タイプまである。海

外の大学からの求人にむけて英語勉強しとけよ!ということなのかな。

jan.29

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ご焼香代わりにシネマテークへ。アラン・ロブ・グリエ《囚われの美女》70年代

調をおもわせるマグリット絵画をモチーフとした幻想潭。なによりモデル紛いの

蠱惑美の長身美女たちが登場の夢想的で官能的な作品。


嵐の活動休止よりシネマテーク支配人の平野さんの訃報にびっくりする。

jan.28

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2019年

1月

31日

早春の一日__4

◉jan.21___jan.27

───────────────────────────────────────今夜も本とにらめっこ。フォントサイズ、文字組み、行送りから単行本のサイズ

調査。1ポイント大きくして平体にすると、読み易くかつ愛らしい印象になる。

 

マンションの理事会総会出席。今年は発言される居住者が多く活況を呈して2時

間半。年配の男性に多いが、存在をアピールするための発言。管理会社の社員に

対する言葉使いの横柄さには辟易する。jan.27

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あ〜今日も正文館で3冊買ってしまった。毎日の行動データをグラフ化するよう

にした。毎日の仕事時間が視覚化される。jan.26

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フリーランスの人間は、自分が上司でもあり部下でもある。サボらないように監

視することから新年をスタート!jan.25

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アアルト様、大学出たてで実績がないので、教会の改修プランから手がけたとあ

るが、充分じゃあないですか。青二才が贅沢云ってはいけません。

 

アアルト展、なかなか見応えがあり閉館ギリギリになる。もうすこし余裕を持っ

て行けばよかった。jan.24

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予定通り雑務の2/3終了。今夜もリライト作業。電話で確認したらもっと遊んで

よいと仰る。う~む、大正期のダダイスト風の文字組をチャレンジしてみるが、

やり過ぎると原文の価値を損なってしまうのだけど。

 

とりあえず、雑務リストを書き出す。なんと15もあった。2/3が片ずけば上出

来かな。

 

今日は雑務ディとしよう。ふだん気になりながら処理できなかったことを淡々と

片付けるのだ。jan.22

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初のリライト仕事、初稿の完成。耽美かつ夢想的な物語なので、原文の意図を崩

さないように細心の注意を払う。jan.21

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2019年

1月

28日

わが国の文化度

先日、ある女性からダンスを習いたいと相談事を受けた。

仕事と家庭だけの日常で、自身の生活に非日常がないことを憂いているご様子で、

日常に非日常を取り込みたいと仰る。職場の同僚は音楽をまったく聴かない。小

説も読まなければ映画も見ない。展覧会や舞台公演などには、もちろん足を運ぶ

はずもない。プライベートでおつきあいのあるママ友たちもご同様であるとのこ

と。彼女の口から語られる文化芸術が非日常であるということに、まず新鮮な驚

きがあった。私や私の身辺の友人たちの生活から察するに、文化芸術は、日常の

なかにあたりまえのように組み込まれており、文化芸術=非日常であると云う発

想がなかったからである。

 

昨今のニッポンは、いろんな意味で余裕がなくなってしまっている。お金という

価値に過大評価の偏重があり、文化芸術などは片隅に追いやられている印象を受

ける。

 

かたや、ヨーロッパの先進国(フランス、ドイツ、オランダ、ベルギーetc.)で

は、月曜日に出勤すると、週末にどんな映画や美術展、舞台公演に行ったのか話

題になるそうである。ニッポンでは、考えられない職場事情である。大企業に勤

める友人が、職場で文化芸術に関する話題に一切触れられないことをよく耳にす

る。偶然、観覧に出向いた公演会場で出会った私のような酔狂な輩をつかまえて、

最近観た舞台作品や映画のことを熱く語られたりする。よほど、語りたい欲望が

たまっていたのだろうなと推察しながら同情してしまう。いつからニッポンは、

こんな国になってしまったのだろうか?

 

たとえば、いまや国際評価の高い小津映画が、小津の現役当時に一般の観客が来

場していたのだろうか。その当時を知る知人に疑問を投げかけてみた。すると、

どうも小津映画は一部のインテリ層だけに評価されていたのではなく、市井の人

々が、中流家庭の淡々とした暮らしの奥深さを味わう格好の教材であったのだろ

うと教えてくれた。そしてそれが、原節子や佐田啓二、岡田茉莉子たちの眉目麗

しい俳優たちによって、演じられる馥郁たる映画的時間を堪能していたのでは、

ということらしい。

 

つまり、60年前のニッポン人には、いまでは喪失してしまった文化的芸術的価

値を許容、享受する精神が宿っていた。現代では、小津映画の上映される劇場に

観客が詰めかけるとはとてもおもえないのである。窮屈で余裕なき我が国の精神

生活に憂える次第だが、この話題はまたあらためて記したいとおもう。