原節っちゃん

昨年9月に亡くなった原節子さん。

追悼の意味もあり、最近何本か出演作を見返している。16歳時の日独合作映画

《新しき土》、紀子三部作の小津映画《晩春》《麦秋》。そして黒澤によるドス

トエフスキー原作の日本解釈版《白痴》

《新しき土》は、1937年制作の時節柄国策映画で、かなり話しの内容に無理があ

る。監督のアーノルド・ファンクは、山岳映画をお得意としており、人間が描け

ないようである。だが、まだあどけなさの残る16歳時の原節子を映像にとどめ

ただけでも価値がある。《晩春》は、云わずと知れた紀子三部作の第一作。遡る

こと三年前、1946年発表の黒澤作品《わが青春に悔いなし》をみた小津が、原節

子の力量と適性を鑑みて、キャスティングしたとものの本にはある。個人的には、

《晩春》や《東京物語》よりも《麦秋》を買うのだが、いずれの作品も、日本人

が失ってはならない精神性をフィルムに焼きつけている。敗戦でうちひしがれた

日本人を奮い立たせることに一役買ったであろうことは間違いない。

 

余談だが、最近読んだ末延芳晴著〈原節子、号泣す〉_集英社新書には、創造の

ミューズとして原節子を巡り、黒澤と小津のあいだで、静かな戦いがあったよう

である。流れとしては、黒澤=《わが青春に悔いなし》→小津=《晩春》→黒澤

=《白痴》→小津=《麦秋》《東京物語》。晩春をみた黒澤が刺激されて小津作

品にはない原節子像を《白痴》で造型した。さらに返答するかのように小津が

《麦秋》を撮り、さらに《東京物語》で至宝の域にまで高めた。敗北を認めたか

のように黒澤は《白痴》以降、原をキャスティングしていない。そのほか、成瀬

巳喜男作品での彼女は、所帯窶れした倦怠期の夫婦像を演じているし、美しいだ

けでなく、幾多の監督の創造力を刺激するには、あまりある魅力を放っていたよ

うである・・。